-
柔道王国・宮崎から23年こそ全国優勝、そして世界の舞台へ
- 「全国優勝」を目標に掲げ、宮崎で活動を続けている柔道の植田こころ選手。22年は、7月に宮崎県中学校総合体育大会で優勝しましたが、8月の全国中学校柔道大会では、惜しくも5位と苦杯をなめました。現在は、リベンジへ向けて練習に没頭しており、もちろん県内ではトップの座を維持。23年こそ「日本一」を達成し、その先へと進もうとしています。
-
柔道との出合い、全国準優勝の悔しさ
- 宮崎日本大学中学校3年生の植田こころ選手が柔道を始めたのは、小学2年生の時でした。競技経験がある父親と母親が自宅で柔道のまね事をしているのを見て、「楽しそうだな」と思い、近くの生目(いきめ)道場へ通い始めました。幼稚園の頃からピアノを習っていましたが、小さな体でも大きな相手を投げられることに魅了され、「柔の道」に夢中になりました。全国小学生学年別大会と全国中学校大会で準優勝と、あと一歩で「日本一」を逃したことが負けず嫌いの性格に火をつけました。宮崎で鍛え、もっと強くなって国際大会でも活躍したいと夢を追いかけます。
-
- ▲柔道を始めた小学2年生の頃
- 植田選手も柔道を始めた頃は負けてばかりでしたが、相手を投げた時などに何とも言えない喜びがありました。小さい頃からの得意技は背負い投げです。初めて全国大会に挑んだのは小学5年生の女子40kg級でした。「緊張しすぎて、開会式で泣いてしまった」そうですが、初戦で組み合って落ち着くと、一気に決勝まで進みました。
地元の柔道界では知られた存在になり、宮崎日大中へ進学後も活躍を続けていたところ、明治安田生命の「地元アスリート応援プログラム」を知りました。「柔道は競技人口が減っており、周りの生徒にも刺激やきっかけになる。すごくいい制度だと思った」と話す柔道部の東佑香(ゆか)監督(当時)からの紹介で、応募を決意。東監督は「宮崎で柔道をやっている子たちは『植田こころ』を知っていますが、柔道を知らない人にも見てもらえるきっかけになれば。そこから他の生徒に『柔道をやってみたい』などと広がっていけばうれしい」と期待しています。 -
追い続ける小学校時代からの目標、22年は全国第5位
- 植田選手は柔道を離れると読書好きで、国語の成績はトップクラスです。ピアノの腕前は小学生の時に九州のコンクールで優勝するほどで、文化祭で演奏を披露したこともあります。壁を登るボルダリングも好きで、忙しくて遊び程度ですが、柔道に役立つ面もあるそうです。
小学4年生の頃、ある大会の準決勝で足を骨折したことがありました。患部は腫れ上がり、周りからは棄権するように言われました。それでも決勝の畳に向かいました。「残っていたのは1試合で、負けず嫌いだから。道着を入れるバッグだったか賞品をもらえたので、それがほしくて」。骨折をものともせず優勝しました。
生まれた時から一緒にいるサルのぬいぐるみが「守り神」だそうです。試合会場にもバッグにぶら下げて連れていきます。「守り神」を忘れた時は調子が上がらないこともあります。
そんな植田選手が小学校時代から目標として掲げているのは、「全国大会での優勝」。22年は、宮崎県中学校総合体育大会で優勝し、全国中学校柔道大会に乗り込みましたが、第5位という悔しい結果に終わりました。 -
リベンジに向けた新たな取り組み
- 全国大会での敗因について植田選手は、「精神面です。メンタルコントロールがうまくいかなくて」と自己分析します。宮崎県内では、「緊張してもコントロールがうまくいく」とのことですが、プレッシャーの大きい舞台で思うようなパフォーマンスを発揮するのは、誰にとっても難しい課題なのは間違いないでしょう。
それを克服するには、やはり練習しかありません。「力をつけたり、技の強化をしたりしています」と言う植田選手が、積極的に取り組むようになったのは、「ノート」の記録。「教えてもらったこと、その日の課題、できたことできなかったこと」をメモしていくことにより、「前より意味のある練習ができるようになった」と手応えをにじませています。
また、「背負い投げが得意」な植田選手ですが、最近は、「内股や寝技の強化」に取り組んでいるといいます。足のスピード感についても「まだまだ」と上を見ており、「とりあえず技をかけてみないとわからないのでひたすら練習で試している」と明かします。「色々なパターンを増やしていきたい」といい、「勝てるパターンや技の入り方、崩し方」を試行錯誤しているようです。
さらに、もう一つ新たに取り組んでいると話しているのが「柔術」。「まだやり始めたばかりなんですけど」と笑みを浮かべた植田選手は、「寝技がメイン。寝技の強化のために柔術をやり始めました」と目的を口にしています。年上との練習にも交じりながらやっているようで、「もともと寝技をやっていたから難しくはないけど、みんなうまいので練習になります」と充実感をのぞかせました。 -
地元・宮崎のお気に入りは「海」、好物は「肉」
- 東京生まれの植田選手は、幼い時に母の地元でもある宮崎に移って育ちました。「宮崎は海もきれいで、おいしいものもいっぱいあります」。好きな食べ物は「肉」。宮崎名物の鳥料理も好物の一つです。なかでも、同級生の親が営む飲食店のチキン南蛮などがお気に入り。食べる量が多いため、「減量が大変です」と笑います。
宮崎の魅力について聞くと、「優しい人が多い」と答える植田選手。お気に入りの場所も多くあります。例えば、新型コロナウイルス感染症の影響で柔道が様々な制限を受け、屋外での練習が増えた際には、世界的に活躍した宮崎出身の井上康生さんが小さい頃に鍛えたと伝わる平和台公園の階段を駆け上がったり、選手をおんぶして上ったりしてトレーニングをしていました。 -
- ▲たくさん食べるという植田選手の好物は「肉」だそうです
-
感謝と恩返しへの決意
- 22年度に引き続きこのプログラムに参加した植田選手は、「応援されているのが目に見えてわかるので、試合中とか試合前とかとても力になりました」と感謝。支援を受けたお金は、「柔道着や遠征費」に充てているといいます。「全国5位とあまりいい結果が出せなかったので、去年よりもっと努力して、応援してくれる人に恩返しができるように頑張りたい」と決意を新たにしました。
23年も大きな目標となるのは、8月の全国中学校柔道大会。「地区・県大会だけでなく、九州大会や全国大会もすべて優勝する」と意気込む植田選手は、「人よりも練習や自主トレーニングを頑張り、日常生活もしっかりして、応援したいと思われる人になる」と成長を誓っており、日々前進を続けています。まだ先にはなりますが、4年に1度の舞台で世界の頂点に立ちたいという夢もあります。
まず目の前の目標、日本一になるためには、県外への遠征でさらなる経験を積むことが重要。「他の県などにもたくさん練習に行きたい。誰よりも色々な経験をして色々考えて強くなりたい」と貪欲な姿勢を見せており、「そして、それを応援してくれている人の存在や、感謝の気持ちを忘れないようにする」と気を引き締めました。
(取材・制作:4years.) - ================
2024年2月29日をもちましてクラウドファンディングを終了いたしました。
ご支援をいただきまして、本当にありがとうございました!
■支援者一覧(順不同、敬称略)
みいこ、ひろくん、かおり